2025-11-27

C O N T E N T S
- 第1章|データは“誰でも取れる時代”に、何が問われるのか
- 第2章|データが“ある”のに動けない ― 机上と現場のあいだにある距離
- 第3章|分析プランを描く力 ― AIには設計できない“問いの地図”
- 第4章|データを“読む”ではなく、“動かす”時代へ
第1章|データは“誰でも取れる時代”に、何が問われるのか
いまや「データがないから判断できない」と言う時代ではなくなりました。生成AIの進化により、経営指標や人事データ、顧客動向までも一瞬で整理できるようになり、数年前まで専門家だけが扱っていた分析も、誰もが触れられるものになりました。
一般的にはこうした変化を「意思決定の民主化」と表現します。
データを得るハードルが下がり、現場でも経営でも“数字をもとに考える文化”が広がりつつあります。一方で、データを得ることが容易になったことで、思考の負荷が軽くなったように錯覚する傾向もあります。
しかし実際には、情報が得やすくなった分だけ、考える力の精度が問われる時代になっています。
AIが示す数字は一見「正しい」ように見えますが、それはあくまで“設定した問いの結果”です。
問いの立て方を誤れば、AIが導く答えもまた誤ってしまいます。
データ分析の世界では、一般に「目的設定」「データ収集」「仮説検証」「意思決定」という流れで整理されます。AIはこの中の「収集」や「整理」では大きな力を発揮しますが、最初と最後――すなわち「目的設定」と「意思決定」の部分は、依然として人間に委ねられています。

私は、この構造を“AIと人の思考の境界線”としてとらえています。AIがどれほど精緻な分析をしても、「何を問うか」「何を優先するか」は人が決めなければなりません。逆に言えば、AI時代における人の役割とは、「問いを設計し、結果を意味づける力」と言い換えることができます。
私自身、企業の現場で「分析ツールを導入したのに、意思決定が遅くなった」という声をよく耳にします。理由は単純です。技術は進化したのに、問いを立てる文化が進化していないからです。たとえば、採用の現場でAIが「応募が最も多い時間帯」を示しても、それは“人が集まる時間”であって、“良い人材が来る時間”ではありません。数字を読むだけでなく、その背後にある人の行動や意図を読み解かなければ、施策は表面的な改善で終わってしまいます。
AIがデータを読む時代に、人が担うのは「問いを描く」役割です。データは素材であり、それをどのように料理するかは人の構想力にかかっています。AIは過去を整理しますが、未来を描くのは人。私はこの構造こそ、AI時代の“思考の分業”だと考えています。

AIが“過去を整理する力”を手に入れた今、人に求められているのは「問いを設計し、未来を描く力」。しかし、いくら問いを立てても、その問いが現場の行動に落ちなければ、組織は変わらない。ここでは、「データがあるのに動けない」現象を考えてみたい。
第2章|データが“ある”のに動けない ― 机上と現場のあいだにある距離
いま、企業には膨大なデータが集まっています。
たとえばHR(人事)領域では、応募者数、クリック率、残業時間、エンゲージメントスコアなど、あらゆる指標が整い、ダッシュボードには美しいグラフが並びます。こうした可視化の流れは、人事に限らず、営業やマーケティング、生産管理など、あらゆる分野に広がりつつあります。一般的には、これを「データドリブン経営の進展」として評価する声が多いでしょう。
しかし、現場の肌感覚は少し違います。数字が整うほどに、むしろ“動けなくなる”企業が増えているのです。
私が現場で感じるのは、「データが整いすぎるほど、判断が遅くなる」paradox(逆説)です。
選択肢が増えるほど、人は迷う。しかもAIやBIツールによって視覚化された数値は、“正しそう”に見えるため、慎重さが加速します。しかもAIやBIツールによって視覚化された数値は、“正しそう”に見えるため、慎重さが加速します。心理学ではこれを「分析麻痺(analysis paralysis)」と呼びます。選択肢が多いほど認知コストが上がり、結果として行動が遅れる。

たとえば採用活動では、AIが「応募が多い地域」や「応募が集中する時間帯」を分析してくれます。
しかし、それを“どう現場で活かすか”となると、話は別です。応募数を追うあまり、応募者とのコミュニケーションの質を見落としてしまうことがあります。AIが示すのは“結果”であり、現場が扱うのは“過程”です。この距離を埋めるプロセスがなければ、データ活用は“分析のための分析”で終わってしまいます。
一般的に、データ分析は「収集」「整形」「構造化」「可視化」「解釈」で構成されます。多くの企業は「構造化」と「可視化」で満足しがちですが、本当に重要なのは「解釈」と「翻訳」です。AIが出力した結果を現場の言葉に翻訳し、行動指針に変える。数字が人を動かすのではなく、意味を持った数字が人を動かすのです。
【ブリッジ】
データを翻訳し行動に変えること――それはAI活用の核心です。次章では、その前提となる「分析の設計」について掘り下げます。AIにはできない、“問いの地図”をどう描くのか。
第3章|分析プランを描く力 ― AIには設計できない“問いの地図”
データを整理すれば、数列はきれいに並びます。AIを使えば、相関や傾向も瞬時に可視化できます。一般的には、この過程を「分析プロセス」と呼び、多くのデータ分析の書籍や参考書では、「収集」「整形」「構造化」「可視化」「解釈」という5つのステップで説明されています。

しかし、これは“作業の流れ”を示しているにすぎません。本当に重要なのは、「どの順番で」「何の目的で」分析を行うのかという“設計の意図”です。AIはこの意図を理解できません。AIが扱うのはデータの構造であって、意味の構造ではないからです。
たとえば人事で離職率を分析しても、勤怠や給与、評価、エンゲージメントのデータを単独で見ても全体像は見えません。それぞれを関連づけて読んでこそ、「なぜ」が浮かび上がります。
AIが得意なのは「整形」「構造化」「可視化」。一方で人が担うのは「収集」と「解釈」です。特に「収集」は、“プランニング”と“実作業”の二段階に分けて考えるべきだと私は考えています。前者は人が担い、後者はAIが支援する。AIは“手を動かす存在”、人は“意図を描く存在”です。
そして「解釈」は、人にしかできない領域です。グラフや相関を見て「なぜ」を問うとき、数字がストーリーを持ち始めます。解釈とは、意味の流れを設計すること。AIが過去を整えるなら、人は未来を構想する。AIが数字を整理するなら、人は意味を構築する。この補完関係の中に、AI時代の共創の可能性があると私は考えています。
意味を設計するだけでは終わりません。設計した分析を、どう現場の行動に変えるか――ここからが実践の段階です。
第4章|データを“読む”ではなく、“動かす”時代へ
データ分析の世界では、一般に「収集」「整形」「構造化」「可視化」「解釈」が基本の流れです。
多くの企業はこのうち「構造化」と「可視化」で満足してしまいますが、本当に価値が生まれるのは、その先――行動への転換にあります。
AIが得意なのは「整える」こと。人が担うべきは「動かす」と「育てる」ことです。分析結果をどう使い、どの順番で実行し、誰が責任を持つのか――その設計は人の仕事です。ある中堅企業ではAIが「応募後3日以内に連絡した応募者の内定率は1.8倍高い」と示しました。採用担当者はこれをKPIに設定し、ワークフローを見直しました。その結果、採用単価が15%改善。AIが見つけたのは傾向、行動に変えたのは人でした。
AIが整えるのは「事実」、人が動かすのは「文脈」。AIが描くのは静的な地図、人が引くのは動的な道。
データを“動かす力”とは、AIが描いた地図に、人が道筋を描き足す力なのです。

行動が生まれても、“なぜそれをするのか”が曖昧なら、組織は迷走します。次章では、数字の背後にある「意味」をどう読み解くかを考えます。
第5章|AIが扱うのは“数値”、人が扱うのは“意味”
AIは正確です。膨大なデータから相関を見つけますが、その正確さに“重み”はありません。数字の裏にある意図や背景を読み取るのは、人の役割です。
ある企業ではAIが「リモート勤務率を下げれば離職率が改善する」と示しました。しかし実際には、リモート勤務は子育て世代の離職防止策でした。数字の“意味”を読み違えれば、正しい施策冷たい施策に変わります。
AIが扱うのは事実の世界。人が扱うのは文脈と感情の世界。AIが事実を並べ、人がその中に物語を見つける。
AIが導くのは最適解かもしれませんが、人が求めるのは共感できる解です。
AIが進化するほど、人の“意味を読み取る力”は重要になります。
AIが描くのは事実の地図、その上に道を描くのは人です。

AIが事実を描き、人が物語を見出す。その関係の先に、もう一つの問いがある――誰が、何を基準に導くのか。
第6章|人が“データを導く存在”になる時代へ
AIがどれほど発達しても、判断の最終地点は人にあります。
AIは正確さを追求し、人は納得を追求する。最適な答えより、意味ある選択を生むことが重要です。
AIは「効率的な答え」を出せますが、「何を大切にすべきか」は示せません。価値観を決めるのは人の意志です。A社は利益を選び、B社は幸福度を選ぶ――どちらも正しい。だが“何を優先するか”を決めるのは人です。
リーダーとは、正解を出す人ではなく、意味を選び取る人。AIが描く選択肢の中から、どの道を進むかを決める。AIが扱うのは可能性、人が扱うのは意志。AIが描くのは正確な地図、人が歩むのは意味ある道。正確さの先にある“意味”を決めるのは、いつの時代も人なのです。